かがやき隊員の奥田です!先日,とても興味深い史書を見せていただきました!

小野郷,雲ケ畑,左京区の大原などに史跡が残る惟喬親王とは。

北山杉と同じく,不定期で学習レポートを挙げてまいります( ̄ー ̄)ゝ

まずは惟喬親王について簡単に。文徳天皇の長男として生まれましたが,かの藤原氏の後ろ盾がある

弟の惟仁親王(これひとしんのう)が天皇になりました。諸説あるようですが,

その後出家した惟喬親王は最期の地を,小野郷の大森で過ごしたとも。

こちらは大森東町の安楽寺。惟喬親王が建立したもののようです。

お堂は道に対して反対側にあるため,一見すると見落としがちです。

石碑が気になったので,もう少し近くへ・・・(。-_-。 )

史書にもあった在原業平の歌でした!在原業平といえば,『古今和歌集』の代表歌人,六歌仙の一人。

在原業平は惟喬親王に仕えていたこともあるようで,惟喬親王に会いに行った際に詠んだ歌のようです。

【忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪ふみわけて 君を見むとや】

大意:現実をふと忘れると夢かと思います。雪をふみわけてこのような場所でお目にかかるとは。

 

これに対して,惟喬親王は次のように返したようです。

【夢かとも 何か思はむ 浮(憂き)世をば そむかざりけむ 程ぞくやしき】

大意:どうして夢だと思いましょうか。この世に背を向けていなかった頃(出家していなかった頃)の方が今更ながら悔やまれます。

この歌にも諸説あるようですが,これまでの自分の生い立ちを悲観したもののようにも捉えられます。

個人的には久しぶりに会った友人(と言っていいのかは分かりませんが・・・)の歌に対して

上手に返答した(夢かとぞ→夢かとも),気さくな雰囲気が感じられます(^^;)

今回はここまでです。大変貴重な史料を見せていただき,ありがとうございました!!