■雲ヶ畑のお母さん

雲ヶ畑の山主さんに、山仕事を教えてもらっている「山仕事サークル杉良太郎」という学生主体の団体があります。

その学生たちから“雲ヶ畑のお母さん”として慕われているのが、久保清美さん。

お世話している山主さんの一人で、いつも明るい笑顔で、ご夫婦そろって山仕事に取り組んでいます。

学生が悪いことをすればちゃんと叱ってくれ、山仕事のときにはいつも、おぜんざいやおいし~いお昼ご飯を作ってくれます。

 

1998年頃、「山仕事を体験したい学生がいる」という話を聞いて、すぐに飛びついたそう。

高齢化や若者の流出で、地域に元気がなくなっている中、若い学生を受け入れたら地域に元気が戻るのではないかと考えました。

 

そして何よりも、雲ヶ畑に来てくれることでその魅力を知り、理解者になってくれる人が増えるのがうれしいのです。

清美さん自身も、雲ヶ畑の魅力に取りつかれた一人。愛知県から、夫である久保常次さんの住む雲ヶ畑へと嫁いできました。

「雲ヶ畑で生まれた人にとっては当たり前の景色なのかもしれないけれど、 
 雲ヶ畑の景色は本当にきれいで、今でも感動する。
 だからこそ地域の外の人にも、伝えていきたい!」

現在、山仕事サークルだけではなく、そこから生まれた「理想の森プロジェクト」という団体と一緒に、ご自身の山で山づくりにも取り組んでいます。

■雲ケ畑をみんなのふるさとに

雲ヶ畑のために、新たな取り組みをいろいろ模索中です。

「くもくらぶ」という有志のグループでは、雲ヶ畑にある花山椒を摘んで、それを使った料理をふるまう花山椒ツアーを行ったり。

また寒い冬でも雲ヶ畑に来てもらえるようにと、家の居間に薪ストーブを入れました。

お客さんが来ると、火を囲んで楽しく語り合っているそう。築100年を超えるご自宅を、
もっといろんな人が気軽に来てくれる、宿のような場にできないかと考えています。

[居間に設置した薪ストーブでは、おぜんざいが温まっています。]

 

「このまま何もしなかったら雲ヶ畑はすたれていってしまう」

先例のないことにも怖じ気ずに挑戦していくの、は雲ヶ畑のことが大好きだから!

 

「雲ヶ畑に関わってくれるすべての人が、ここを“ふるさと”だと感じてくれるような、みんなのふるさととして、雲ヶ畑を残していきたい。」

実際に、雲ヶ畑をふるさとのように感じている人は多いのでしょう。
山仕事サークルでお世話になり、卒業して社会人になった今でも、清美さんに会いにくる人は後を絶えません。

中には、清美さんが庭で育てて手もみした「お茶葉」を、結婚式の引き出物にした若者もいるんです。

 

お話をうかがった帰り際、「またいつでも来てね」と笑顔で見送ってくれました。

雲ヶ畑を訪れる多くの人は、景色だけではなく、
清美さんのような温かい人の魅力に引き寄せられて、何度も雲ヶ畑を訪れるのでしょう。

(雲ケ畑レポーター 齋藤)